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第8回北海道淡水魚保護フォーラム

尻別川におけるイトウの生息状況と保護

平田剛士(フリーランス記者)

平田剛士(Tsuyoshi Hirata)
地方紙記者を経て1991年からフリーランス。北海道工業大学非常勤講師、オビラメの会幹事、北海道淡水魚保護ネットワーク運営委員。著書に「ルポ・日本の生物多様性」「なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか」など。

 


 北海道後志地方を流れる尻別川(流域面積約1640平方km)は、日本最大のサケ科魚類イトウ(Hucho perryi)野生個体群の生息南限とされる。古くからイトウ釣りのメッカとして知られ、体長1mを超えるような大物が、あまたの釣り人たちを魅了し続けてきた。年配の釣り師の中には「メータークラスを年に100本以上、30年にわたって釣り続けてきた」と豪語する名人もおり、この間、イトウ個体群は非常に健康な状態で維持されていたと考えられる。

 ところが1980年代以降、イトウはめっきり釣り人の針に掛からなくなる。この時期、おもに河川改修や河畔での農地開発にともない、尻別川の自然環境は急速に悪化していた。あの美しかった尻別川がこのまま失われてしまうのではないかと危機感を抱いた地元の釣り人たちは1996年、魚類研究者らとともにNGO「尻別川の未来を考えるオビラメの会」を設立。2001年にはイトウの尻別川個体群(=オビラメ)復元を目標に掲げる「オビラメ復活30年計画」を立案し、具体的な対策に乗り出している。
 第1は、尻別川におけるイトウ個体群の絶滅要因を特定すること。研究者の協力を得て、尻別川流域全体を対象にしたセンサスが行なわれた。その結果、流域内にイトウ繁殖の痕跡はほとんど発見されず、「個体群としてはすでに崩壊状態」という現状が確認された。捕獲禁止などの消極的な保護措置では、もはや個体群回復は難しいということが判明した。

 そこで第2に、個体群復元のために「再導入法」というより積極的な手段が選択された。尻別川で捕獲した親魚を畜養し、人工採卵・授精によって得たストックをもとに、人工的に放流する魚たちを呼び水にして個体群を再生する試みである。再導入は国際自然保護連合や日本魚類学会が定めるガイドラインに準じて慎重に進められ、2004年に初めて標識魚を放流。現在もその追跡調査と、調査結果に基づく再導入手法の改訂が続いている。

 上述のガイドラインも指摘するように、再導入の前提として、絶滅要因の排除は絶対に欠かせない。最初の再導入エリアは、綿密な踏査に基づいて流域内で最もイトウ繁殖に適していると考えられる環境が選ばれたが、それでも5基の落差工による河川分断という大きな障害を抱えていた。そこで第3に、河川事業者(行政機関)との協働体制による落差工改修(魚道整備)が進められることになった。また、改正河川法に基づく新たな河川整備計画づくりに地域NGOとして参画し、イトウ尻別川個体群の保全・復元を今後の河川整備計画に盛り込むことを提案している。

 尻別川における野生イトウ個体群の保全はいまだ道半ばだが、地元NGOと研究者、サポーター、そして行政機関による協働が実を結べば、かつてのように健康なイトウ個体群が泳ぎ回る尻別川が復活するかもしれない。その姿を見届けたら会員たちはグループを解散し、再び尻別川でイトウ釣りを心ゆくまで楽しみたいと夢見ている。