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第7回北海道淡水魚保護フォーラム

川の自然の再生へ
 
-キーワードは『流域』を見渡す視点と物質循環-

長坂 晶子 (北海道立林業試験場研究職員)
ながさか あきこ

福島県福島市出身。1995年北海道大学大学院農学研究科博士後期課程中退,
同年北海道立林業試験場の研究職員として採用。

3~4年で異動を繰り返し,今年の4月からは森林情報室資源解析科。要請があればどんな研究テーマでも取り組んできたつもりだが,やっぱり川の研究が一番面白い(血が騒ぐ)。

小中高通じて美術と音楽が一番好きだった。観る・聴くだけでなく,描く・弾くのも好き。現在の仕事との関係は?と聞かれると困ってしまう...。


はじめに

 「自然再生」という言葉もこの数年の間にかなり浸透してきました。再生は川に限った話ではありませんが,河川を舞台とした自然再生事業が多いのは確かです。水辺という空間の持つ魅力のなせる業であると同時に,それだけ自然の豊かな水辺が減ってしまったことを反映しているともいえます。北海道の自然は開拓以降大きく変貌してきたのですが,それでもまだまだ再生の可能性がたくさん残されており,先駆的な事例を蓄積するのに適したフィールドだといえます。
 さらに,最近は海まで含めた生き物のつながりも注目されるようになってきました。つまり上流から下流域,さらには沿岸河口域を一貫したものとして捉え,保全や再生を考えていこう,という動きです。この「森-川-海のつながり」といった場合,とくに河畔林(あるいは渓畔林)とよばれる渓流沿いの森林が,川,そして海と密接に関わっており,河畔林から川にさまざまな有機物(落ち葉,枝,幹,虫たちなど)が供給されることからこのつながりが始まると考えられます。これらの有機物は,川の中で水生生物によって食べられることを繰り返しつつ細かな粒子になり,徐々に下流に運搬され,最終的に河口域で海に流出し,沿岸域の生物に利用されるというプロセスが予想されます。しかし,「森」のどのような機能が沿岸域の生物を育んでいるのか,具体的なメカニズムはほとんど明らかにはなっていません。
 川を「流域全体」から「物質循環」という視点で眺めてみると,どんなことが見えてくるでしょうか。今回のフォーラムでは,現在までに明らかになりつつある森川海の物質循環に関する研究の成果を紹介しながら,川の自然環境を再生することについて考えてみたいと思います。


1. 川と河畔林

 河畔林は河川生態系を構成する大事な要素のひとつですが,意外なことに,これまであまり淡水魚保護フォーラムで中心的に取り上げられることはなかったようです。この数年の間に,河畔林と川の生き物の関係に関する著書は数多く出版されてきましたので,ここで詳しくは触れませんが,河畔林は餌となる有機物の供給のほか,日射の遮断,隠れ場所の提供など,生き物が生息する上で必要な場所を保全したり,水質を浄化したり,といった機能を発揮しています。
 河畔は,様々な生き物の食物連鎖により栄養が循環している場でもあります。森林が生い茂る源流域では,河畔からはおもに粗粒有機物(落ち葉,枝,果実など1mm以上の有機物)と,地表水や地下水から溶存有機物(落ち葉や森林土壌から溶け出した有機物)が供給されます。落ち葉は,表面に微生物が取り付いた後,ガガンボの幼虫などに代表される破砕食者とよばれる水生生物に食べられ,その糞や食べかすとして細粒有機物(0.45μm-1mm)に転換されます。一部は水中で溶け出して溶存有機物になります。溶存有機物も微生物に利用され,さらにこれら微生物を破砕食者が食べることで細粒有機物に転換されます。川の中には,細粒有機物を主な餌として食べている水生生物もいるので,「有機物の細粒化」とは,微生物や破砕食者たちによって,さらに別の水生生物の利用できる餌資源が提供される,ということを意味します。
 川底にはこれらの有機物が大量に「貯留」されています。私が調査を行ったところ,上流域では供給量と同程度かそれ以上の有機物が貯留されており,河畔林から供給される有機物の大半が川底に留まり,すぐには流下しないことがわかりました(図1)。とくに,源流域(河川次数1~2)における貯留機能の高さは,水生昆虫による利用・分解を考えると,とても重要なことです。渓流内における有機物の滞留時間が長いほど,より分解が進み細粒化された有機物を沿岸域に供給することにもつながるため,川底で有機物が保持されることは河口域の生き物にとっても重要と考えられます。

図1. 日本海沿岸のある森林小渓流における1年間の貯留有機物量.
上:河川次数ごと,単位面積あたり貯留有機物量(g/m2/年),
次数が低いほど枝沢に分かれていない上流域であることを示す.
下:各次数における年間総貯留有機物量(t/年).


2. ユウラップのホッチャレ

 森林と海とのつながりは,森から海への物質の流れのみならず,サケ・マスなど遡河性魚類の遡上による「海から森へのエネルギー還流」も,とても大切なシステムです。サケは孵化後,降海して海で成長しますが,産卵のため遡上することにより,海由来の栄養分を蓄えた自らの体を海から河川,山地上流域へと運搬し,直接的には水生昆虫,クマ・キツネなどの哺乳動物やワシなど鳥類の餌となり,間接的には溶存態として河川中の藻類に取り込まれるなどして渓流の生態系に大きな影響を及ぼすとともに,さらには養分として陸上植物にまで利用されることが北米の研究で明らかになってきました。北米ではすでにサケ死体(ホッチャレ)が河畔域での重要な栄養源として認識されており,ホッチャレを投入するなど河川渓流の生産力向上を目指した取り組みを実施している地域もあります。一方,北海道をはじめとするわが国では,これまで遡上サケ親魚が河畔生態系のなかでどのような役割を果たしてきたかについてはほとんど関心が寄せられてこず,組織的な研究も行われてこなかったのが実情です。北米のみならず,北海道においてもサケは重要な水産資源ですし,北米と同様に,その遡上による栄養添加のメカニズムが存在するはずです。

 北海道渡島半島のほぼ中央部に位置する遊楽部(ユウラップ)川は,河口から上流15kmくらいの区間までサケが遡上する,という数少ない貴重な河川です。この川で私たちは,北海道でもサケによる栄養の循環システムが存在するかどうか確かめよう,と思いました。海洋由来の栄養分の利用を確認する方法としては,窒素安定同位体値(δ15N)を測定する方法がよく用いられます。一般的に,海洋系のδ15N値は陸域系ないし淡水系のものより高く,例えばサケ科魚類のδ15Nは+10~+14‰の値をとります。サケの遡上が見られる北半球高緯度地帯の森林土壌や植物のδ15N値は概ねマイナスの値をとるため,採取した試料のδ15N値が高ければ,海洋由来のNを含むと判断できるのです。試料とする植物の部位には一般的に葉が用いられます。
 さて,北米や北海道(および北方領土)における河畔性樹木の葉のδ15N値を分析した例では,非遡上河川のものが-1~-3‰の値をとるのに対し,サケ遡上・産卵河川では+0.5~+4‰の値をとることが確認され,サケによる河畔林への養分添加が環太平洋地域で共通して見られる現象であることがわかりました(図2)。ユウラッ
図3. ユウラップ川上流のヤナギ葉δ15N 値
(長坂・長坂2004).

調査区間の上流端~1.5km地点まではサケ非遡上域.
1.5km地点にさけます孵化場があり,その直下から遡上
域となる. 1.8km地点がもっともホッチャレの密度が高い
区間である
.
プ川でさらに詳しく調べた例では,遡上サケが集中してホッチャレの密度が最も高くなる区間のδ15N値が特に高いことがわかりました(図3)。

 陸上(河畔)にホッチャレを運搬する経路としては,①出水氾濫によりホッチャレが河畔に運び上げられる,②流水中から:すなわち死体から溶け出した養分が硫化,あるいは間隙水圧帯を経由して河畔植生の根から吸収,③動物による捕食:クマその他の動物により運搬されたり,食べられて糞として出されたりする,といったことが挙げられます。
 河川は一般的に上流に向かうにしたがい,川幅が狭くなり流量も少なくなってゆくので,サケマスがより上流にまで遡上できるということは,より陸上生態系に還元されやすくなることを意味していると考えられます。



3. 土地利用と河畔林

 北海道でも,河畔林の保全や造成に対する意識は急速に高まっており,かつて洪水時の障害物と見なされ,河川改修に伴って伐採されることが当たり前だったことを考えると大きな転換点に来ていると言えます。
 河畔林は,とくに土地利用の進んだ中下流域での減少,消失が著しく,農村地帯を流れる河川でその傾向は強いと言えます。例えば道北の問寒別川(天塩川右岸支流)の河畔林分布を撮影年代の異なる空中写真を使って調べてみたところ,1947年には土地利用もそれほど進んでおらず,河川改修も行われていなかったため,河川は蛇行し河畔林は上流から下流まで連続していました(図4)。



図4.空中写真判読による河畔林分布の変遷 (Nagasaka & Nakamura 1999).
黒い部分が河畔林,点線は川沿いの低地(氾濫原)の範囲を示す。

 しかし1969年以降,大規模な河川改修と共に林は細分化され,現在は護岸の隙間にブッシュ状のヤナギを見るだけとなってしまいました。河畔林の消失は,水温上昇や倒流木の減少に直結し,淡水魚をはじめとする水生生物の生息環境を大幅に悪化させることになります。さらに,河畔林の存在は陸上生物にとっても移動経路や採餌場として重要な役割を果たしており,様々な人為活動により分断,消失することは,冒頭で述べた河畔の栄養循環が損なわれることを意味すると考えられます。例えば,河川上流部では,落ち葉から始まる栄養循環が,また中下流域ではサケが戻ってきても,その栄養が還元される場がなくなってしまうことになると予想されます。


おわりに
 

 本稿では,河畔の物質循環のしくみを示しながら,河畔林の現状について述べてみました。現在,河畔林を再生させようという場合によく話題となるのは,「必要幅」についての研究例や根拠ですが,これに関しては既に,欧米の研究をレビューした格好の総説が発表されています(高橋ほか2003)。が,上流~下流といった縦断方向の連続性に関しては,連続性がもたらす生態系の営み(特に物質循環という側面において)や,その消失がもたらす影響について,現実には未解明の部分が多いことは否めません。河川の連続性の消失が淡水魚に与える影響について,本フォーラムでは過去に国立環境研究所の福島路生さんが,ダムによる分断の影響について報告されていますが,これに河畔林の要素も加えて流域全体を見渡した河畔生態系再生の指針を示していくことが今後の目標となると思います。とくに中下流域での河畔林再生には,周辺土地利用との調整が欠かせないものになると予想されるため,再生によって地域に還元される効果(経済的,生態学的といった様々な観点からの利益)を示すことのできる評価軸が必要になるでしょう。


参考文献

伊藤富子・中島美由紀・長坂晶子・長坂 有(2006)サケマスのホッチャレが川とその周囲の生態系で果たしている役割 ─2005年頃までの文献レビュー─.猿渡敏郎編著,魚類環境生態学入門.pp.244-260.
Nagasaka, A. and Nakamura, F.(1999) The influences of land-use changes on hydrology and riparian environment in a northern Japanese landscape. Landscape Ecology 14: 543-556.
長坂晶子(2002) 北米太平洋沿岸地域における渓畔域研究の現状と北海道への適用.2.遡上サケ親魚は渓畔植生の成長に影響を与えているのか? 北方林業54: 278-281.
長坂晶子・長坂 有(2004)遡河性魚類由来の栄養が河川水質および河畔植生に及ぼす影響の評価.環境科学総合研究所年報,23:109-117.
Nagasaka, A., Nagasaka, Y., Ito, K., Mano, T., Yamanaka, M., Katayama, A., Sato, Y., Grankin, A. L., Zdorikov, A. I. and Boronov, G. A. (in press) Contribution of salmon-derived nitrogen to riparian vegetation in the northwest Pacific region. Journal of Forest Research.
高橋和也・林 靖子・中村太士・辻 珠希・土屋 進・今泉浩史(2003)生態学的機能維持のための水辺緩衝林帯の幅に関する考察.応用生態工学5(2):139-167.

「北海道・淡水魚保護フォーラム No.7
 「命の回廊(コリドー)としての川を取り戻す」(2006年9月23日、函館市) 講演要旨

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