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第5回北海道淡水魚保護フォーラム

柳井 清治 (やない せいじ)
 北海道工業大学教授

1. はじめに
 近年我が国において,水辺域の持つ多様な価値が見直され,その保全に対する社会的な関心が高まってきた.水辺域においては,過去から様々な土地利用,例えば林業,農業,都市,道路および河川などの事業において本来の形態を変えてしまうほどの多くの工事が施工されてきた.こうした人為的な環境改変は,産業の発達,利便性など社会生活に様々な恩恵をもたらしたが,同時に多様な生物の生息場を奪い水質の悪化を引き起こし,下流域の河床の洗掘や海岸の侵食など新たな問題点を引き起こしてきている.環境の時代とされる21世紀においては,人為的な要因で悪化した森-川の関係改善,つまり水辺生態系の保全と修復という新たな課題が克服されるべきだと考えている.このフォーラムでは,流域の中での物質の流れ,様々な土地利用が魚類の生態に及ぼす影響,悪化した河川環境修復の考え方などを提案して行きたい.

2.流域内の物質循環
 水辺に形成される林は渓流・河川とそこに生息する魚類にとって重要な働きをもっており、同時に魚類からも影響を受けているということが最近の研究結果から明らかになってきた.
 河畔林で生産される落ち葉は,秋の落葉期に最も多く供給され,その供給量は平均300~500g/m2であり,その7割を落ち葉が占め,その他枝,球果や果実などからなる.河川に落ちた葉からは水溶成分が溶出し,微生物による条件付けを経て,シュレッダーと呼ばれる水生昆虫による摂食,さらに物理的な破壊されて細かい有機物に分解される.一般的にリンや窒素の含有率が大きいものほど葉は早く分解され,かつ水温が高いほど早く分解される.
 こうして形成された様々なタイプの有機物は,生態系の中での重要な資源となり,細粒有機物やその他の資源は河川の食物網の中で何度もリサイクルされる.例えば微生物は破片に繁殖し,水生昆虫はそれを捕食し消化し,その残渣が再び排出され,これに微生物が繁殖するということが繰り返される.こうした過程を経ながら上流域で生産された有機物は,次第に下流域に流送されて行く.細粒有機物はわずかな流量の増加で移動を開始するが,大きな倒流木は数年に1度の大雨により移動する.
 こうした有機物の流れは,河川地形の複雑性に影響を受ける.例えば保持機構のない単調な川では,生物による有機物の利用がほとんどされずそのまま下流に流送される.しかし,保持機構がある複雑な渓流では,有機物が滞留して何回も渓流生物に利用されながら下流に流されてゆく.この結果,流下の途中でたくさんの生物群集を支えてゆくことになる(図-1).この河川形態と資源利用の関係は極めて重要で,生物の多様性を考慮した河川の取り扱いの基本となる.
 また物質の流れは上流から下流,あるいは陸域から海域へと一方通行ではなく,その逆方向の流れも存在する.とくに最近,そのエネルギー環流の担い手としてサケ科魚類が重要な役割を果たす(室田,1995)ことが注目を集めるようになった.遡上したサケ類は,産卵後死体が分解されそこに生息する魚類,昆虫類,そして溶出した窒素やリンは水中の一次生産に大きく影響する.アラスカの湖水に遡上するベニザケが供給するリンは,湖水に流入する総量の約5~20%に相当するという推定もある.窒素と炭素の安定同位体を用いた解析から,サケの死体や産卵された卵は湖に生息する魚類の栄養源として利用される (Kline et al.,1990).サケの死体の一部は水生昆虫の栄養源として利用され,サケの死体の有無がその成長過程に重要な影響を及ぼすことが明らかにされている.最終的に上流域に達したサケ類が大型哺乳類により,捕食され陸上に引き上げられる割合は30~79%にのぼり,大部分が林地に還元される可能性が示された(Cederholm et al.,1989).
 北海道でも明治以前ではサケ類の遡上が一般的に見られ,上流域の林地まで達して様々な動物に利用されていたと考えられる.しかし現在では,ダムや潅漑施設で上流域までさかのぼれない状態である.サケの死体の利用に関する詳しい分析は安定同位体を用いた解析が有効であるが,現在のところわが国では数例あるに過ぎない(図-2).今後,その役割が明らかにされるべきであるとともに,河川環境を物質循環の面から考え直すべき時期に来ている.


3. 淡水魚に及ぼす人間活動の影響
本道に生息する代表的な渓流魚類であるサクラマスを例に,様々な人間活動がその生息環境に与える影響と問題点を挙げてみる(表-1).

1) 親魚の遡上と産卵に及ぼすダム構造物の影響 産卵のため海から遡上してくるサケ類にとって,遡上の障害となるのが,河川内に施工された砂防・治山のための各種ダムである.この問題については前回討論されたので詳しくは論じないが,これらの人工構造物は長期にわたって魚類の分布,生息密度さらに成長に著しく影響を及ぼす.ダムなどの障害物は魚の分布のみならず,遺伝的・生態的にも様々な影響をもたらす(前川・高橋, 1997).また構造物は産卵の際必要な礫の分布にも大きく影響する.産卵礫の大きさは魚体のサイズによって異なり,サクラマスは5~10cm程度の礫サイズの場所を選択する.礫条件が悪い河川,例えばダムによって礫供給がストップした川や流路工により渓床を完全に固定化した場所では産卵床を作ることができず,産卵ができなくなってしまう.

2)土地改変による土砂の流入と孵化率の関係 サクラマスなどの稚魚は一般的に11~12月に孵化し,卵黄を吸収しながら産卵床内で冬を越し,3月下旬から5月上旬に河川に浮上する.卵が産卵床内で孵化・発育する時期に最も重要なのは,絶えず新鮮な水が礫間から供給されなければならないことである.産卵域で透水性や流速が低下した場合,発眼卵の生存率が著しく低下する. 土砂の供給源は,山地域ではダムなどの土木工事,森林伐採の際設置される搬出路や,伐採に伴って発生する斜面崩壊,下流では農地開発による畑地からの表面土壌流出などが大きな要因である.したがってこうした時期の土砂流出対策には十分な配慮が払われなければならない.特に伐採道が河川を横断する場合,捨て土や道路面が細粒砂の供給源となる.細粒砂を出さない施業上の配慮や,水質を守るための沢筋に沿った林帯の保全が重要である(図-3).

3)越冬場,出水時の退避場の喪失 北海道の河川に生息する生物は冬期間,厳しい寒さに耐え抜かなければならない.一般的にサケ科魚類の越冬期の生息場としては,低流速で暗い場所が条件とされ,川岸の淵や二次流路,その他静かな流速の場所が越冬場所として選ばれる.こうした越冬場を形成する上で渓畔林の存在は極めて重要で,雪に覆われた枝条,倒木などの下で小型底生昆虫をわずかに摂取しながら冬を過ごしている.また春浮上した稚魚は遊泳力が小さいため,融雪増水に流されないように,植生が繁茂した流速の遅い川岸が重要な避難場となる(永田ほか, 1998).またこれ以外でも,水辺林の根元がえぐられてできた淵や二次流路,倒木によってできた淵,落ち葉がたまってできた小規模な淵などは微環境として重要である.河川内のこうした植生や微地形はしばしば工事の際破壊される場合も多い. 

4)渓畔林の伐採が水温環境に及ぼす影響 サケ科魚類の成長や生息密度は水温に大きく影響を受けるが,水温を抑制する上で水辺林は極めて重要な役割を果たしている.水辺林が河川の水面を覆うと太陽の光が遮断され,水面に到達できるエネルギー量は1/10程度に抑えられる.この樹冠の日射遮断により,夏期河川水温が低く保たれる. 冷水性のサケ類は高水温に弱いことが知られており,水辺林の伐採により流路が開放された場合,最高水温が上昇し,サクラマスなどに深刻な影響をもたらす.温度と生息密度には明瞭な負の相関関係がみられ,とくに水温25℃を越えた場合,生息密度は著しく減少する(佐藤ほか,1996).

4. 河川修復の方向性
以上の問題点を踏まえ,渓流魚類の保全を考慮した修復の方向性について述べる.河畔林が存在せず流路が単調な河川では,夏期水温が上昇し,越冬場所がないなど生物の生息環境として過酷であり,魚類をはじめとする河川生物が生息できにくい環境である.一方,河畔林が存在し,流路形態が複雑な河川では,水温が低く保たれ,水生生物の多様な生息場所が豊富で,落ち葉からの有機物の供給が増加する.したがって渓畔林を保全,あるいは造成して地形に変化を持たせることにより,有機物を保持しながら水をゆっくり流すことが,生物の多様性を目的とするこれからの河川環境修復技術の基本的な方向と考えられる.
これまで様々な事業によって悪化した環境を,できるだけ人為が加わる以前の状態に復元することが目標となる.実際に北海道内でも,各地で様々な再生事業が行われるようになってきた.特に道東地域においては標津川や釧路川で,再蛇行化試験や自然林の再生などが行われている.しかし一度直線化された河川もそれなりに安定性を保っており,その一部だけ再蛇行化しても新たな生態系の破壊を生む可能性もある.また再生区間の地形変化が周辺に波及し,河道の洗掘や堆積など予期されなかった様々な問題点が発生してくる.したがって再生に際しては,区間だけに留まらず,流域レベルの全体を見通した再生計画の樹立が必要になってくる.
一方,これまであまり考慮されなかった,微小なハビタットの保全や再生も重要となる.これは砂礫の移動と流出から始まり,その礫は魚類の産卵床となり,礫堆積地には種子が侵入し,森林がつくられ,やがて倒れて流木は水生生物のハビタットを形づくり,さらなる川の変動を引き起こすという連続的なプロセスの中で形成される.そのハビタットは微細でデリケートな存在であるため,大規模な土木工事などで単調化され破壊される場合も多かった.将来的には,植栽や水質浄化,礫の貯留と流送,流木の管理,魚類ハビタットの再生などよりきめ細かな事業が,渓流・河川管理の主役となるべきであると考えている(図-4).

引用文献
Cederholm C. et al. (1989) Can. J. Fish. Aquat. Sci. 46:1347-1355.
Kline T. C. et al. (1989) Can. J. Fish. Aquat. Sci. 47:136-144.
前川光司・高橋剛一郎(1997)新砂防 50:61-66。
室田 武(1995) 生物科学 47:124-140.
永田光博ほか(1998) 北海道立水産孵化場研報 52 : 45-53.
砂防学会編 (1999)水辺域ポイントブック 古今書院 61pp.
佐藤弘和ほか(1995)日林北支論 43: 60-62.
Wallace J. B. et al.(1977) Archiv. fur Hydrobiologie 79: 506-532.

「北海道・淡水魚保護フォーラム No.5
 「川の環境と魚の豊かさ」(2004年7月11日、釧路市) 講演要旨
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