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第5回北海道淡水魚保護フォーラム

宗岡 寿美 (むねおか としみ)
  帯広畜産大学畜産学部畜産科学科環境総合科学講座助手


まえがき

 酪農地域で発生する家畜ふん尿は,適切に農地還元すれば作物にとって有効な肥料成分となる。加えて,農地への過剰散布や作物の生育適期以外の散布を回避し,尿だめ・堆肥場などの貯留施設を整備することにより,水系への汚濁負荷の流出を抑制することも期待される。1995年に国連大学が提唱した「ゼロ・エミッション構想」をこの問題に適用して考えてみると,家畜ふん尿の農地利用・循環システムの構築は水環境保全のみならず地域資源保全の立場からもまさに有効な手段であろう。しかし,こうした汚濁負荷発生源(家畜ふん尿・化学肥料)の増大に起因するとされる水質汚濁の問題が各地でクローズアップされてきた1~9)。このことは,単に地域の水環境を悪化するのみならず,さまざまな物質が水系を通じて流送されるため,河川の下流域から湖沼・沿岸海域までを含めて生態的影響は広範囲におよぶ。
 ここでは,水環境保全的見地から,酪農流域の土地利用と窒素を指標とした河川の水質環境(解説1)について考える。とくに,魚類の生息環境を保全していく上でも有効とされる河川・河畔の土地利用との関係についてもあわせて検討を加える。


窒素を指標とした水質基準と家畜ふん尿の法的規制

 酪農流域河川から流出する水質汚濁成分としては,有機物などの生活項目および窒素(N)・リン(P)といった栄養塩類などがあげられる。このうち窒素を指標とする水質基準値をみると(表1),窒素に関わる水環境問題は①飲み水と健康被害②水稲の倒伏被害および③富栄養化と環境に大別できる。このとき,飲み水や人の健康に関わる水質基準は硝酸態窒素(NO3-N)と亜硝酸態窒素(NO2-N)の合計値が10mg/?以下である。一方,河川水中の全窒素(T-N)濃度は1mg/?以下に抑制されることが求められる。なお,閉鎖性水域(湖沼・沿岸海域)における富栄養化の制限物質であるリン(全リン(T-P)濃度)については窒素の1/10程度以下であることが望ましい。
 酪農地域では,化学肥料に加えて家畜ふん尿が余剰かつ定常的なインプットとして存在しているが,土壌中の窒素成分は最終的には硝酸態窒素(NO3-N)に変化する。このとき,硝酸塩(NO3-)はマイナスイオンであり,土壌粒子の表面もマイナスに帯電しているためほとんど吸着されない。また,アンモニア態窒素(NH4-N)とは異なり作物に吸収されにくい。このため,降雨時には土壌浸透水とともに地下へ溶脱し,地下水はもとより河川水中の硝酸態窒素濃度を増大させている。
 こうした水質汚濁に対処すべく,平成11(1999)年には水質基準による一部規制の強化に加えて,通称「農業環境三法」が施行された。このうち,「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」では,従来のようなふん尿の野外での野積み,素掘り貯留が禁止された。平成16(2004)年11月以降は最大で50万円の罰金刑が適用される。


酪農流域河川における水質環境の現状

 ここでは,既往の文献1~9)を対象として北海道東部における酪農流域河川の水質環境の現状について紹介する。晴天時(以降,平水時)における河川水中の全窒素(T-N)濃度は,林野流域で0.2~0.3ミリグラム / リットル(以降,mg/?)程度以下であり,雨や雪の中の全窒素濃度よりも低い。酪農流域における全窒素濃度は1~2mg/?程度であり,平水時における河川水中の全窒素に占める硝酸態窒素の割合が70~90%程度であるとする報告が多い。降雨出水時には10mg/?以上に達するところもみられる。
一般に,酪農流域河川の土地利用と硝酸態窒素濃度との関係をみると,流域内の農地(草地)面積率が高いほど河川水中の硝酸態窒素濃度は高い。加えて,流域単位面積当たりの家畜(牛)の飼養頭数密度が大きいほど河川水中の硝酸態窒素濃度は高い。このように,流域内で発生する汚濁負荷量と河川水中の硝酸態窒素濃度との間にはおおむね正の相関関係が認められる


近年,水質環境は改善されているのか!??

 田渕ら8)は,北海道東部の農業流域河川を対象として硝酸態窒素濃度の広域調査を1992年に実施している。著者らは,根室管内の酪農流域河川(11地点)を対象として2003年(同地点・同時期)に再調査を実施した(未公開)。
 この結果,調査11流域における河川水中の硝酸態窒素濃度に大きな変化はみられない。理由として,①営農規模が大きく変化していないことや,②家畜ふん尿の貯留・処理施設が本質的に整備・進展していないことなどが考えられる。上記①②以外にも,③これまでにインプットされた窒素成分が草地土壌中に多量に残存している可能性もある。このため,農業環境三法の施行以降も長期的にモニタリングする必要があり,2004年以降も数年程度はこの調査を継続する予定である。


河川形態・河畔の土地利用と水質環境

 河川環境を保全する上で河畔林の存在が有効であるとされている。にもかかわらず,河畔林の河川環境への影響について調査された個別具体的なデータはいまだに少ない。
いま,酪農流域の農業的土地利用はもとより,河川・河畔の土地利用などがそれぞれ異なる調査対象4流域における河川水中の窒素濃度を比較すると,以下の傾向が認められる(図1)4)。

[林野流域・自然河川]<<[酪農流域・自然河川]<[酪農流域・改修河川]

 このように,流域内の汚濁負荷発生源が増大すると河川水中の窒素濃度は明らかに増大する。しかし,流域内の汚濁負荷発生源が同程度の場合,改修河川よりも自然河川の方が河川水中の窒素濃度は低い傾向にある。このことは,河川形態や河川・河畔周辺の土地利用が緩衝帯として水質浄化機能を発揮することを示唆している。


酪農流域河川における土地利用のあり方

 これらの知見をもとに,酪農地域・流域の農業と環境とが調和しながら持続していくための保全対策(土地利用のあり方)について総括する。
 まず,広域集水域における河川の水質環境を保全するには,汚濁負荷発生源の抑制が優先課題となる。たとえば①単位面積当たりの家畜飼養頭数の制限,②尿だめ・堆肥場など貯留施設の整備に加えて,③時期的・量的に適切な農地還元の促進など,基本的な生産環境を整備することが水環境を保全する上で最も重要なことである。
 同時に,自然河川による水質浄化機能や河畔林・緩衝帯による汚濁物質の河川への流入抑制効果などを積極的に発揮させるべく,土地利用を再構築していくことも必要である。
 自然河川に手をつけず河畔林等を残すこと,河川・河畔周辺を緩衝帯(バッファゾーン)としていかしていくことは,魚類の生息環境を保全することになる。このことが流域内における河川の水質環境を保全することにもつながり,ひいては生産環境もまた地域・流域に調和したものとなる。


あとがき

 これまで北海道東部では,酪農流域河川からの流出水が湖沼・沿岸海域を富栄養化させるとともに,漁業生産にも負の影響をもたらしてきた。しかし,河川水自体の窒素・リン濃度が河川に生息する魚類自体に及ぼす影響について検討した調査研究は少ないように思われる。今後は,湖沼・沿岸海域のみならず,河川における魚類等の生息環境からみた窒素・リンの水質基準値(あるいは指針値)を確立することが目下の検討課題である。


引用文献

1)長澤徹明・井上 京・梅田安治・宗岡寿美:北海道東部の大規模酪農地域における河川の水質環境,水文・水資源学会誌,8(3),pp.267~274(1995)

2)井上 京・山本忠男・長澤徹明:北海道東部浜中地区における流域の土地利用と河川水質,農業土木学会論文集,200,pp.85~92(1999)

3)宗岡寿美・長澤徹明・井上 京・山本忠男:北海道の酪農流域河川における窒素流出と水質保全,農業土木学会誌,68(3),pp.1~4(2000)

4)Muneoka.T, O.Tsuji and F.Tsuchiya: Landuse and river water quality in dairy farming area of eastern Hokkaido, Proceedings of the 1st International Conference on GREENHOUSE GASES AND ANIMAL AGRICULTURE, GGAA2001,Dairy Japan Company,pp.453~456(2001)ISBN 4-924506-11-7

5)鵜木啓二・山本忠男・井上 京・長澤徹明・岡澤 宏:少雪寒冷な酪農流域における融雪融凍期の水質水文環境,農業土木学会論文集,228,pp.9~15(2003)

6)倉持寛太・永田 修・佐久間敏雄:草地酪農地域における地下水と草地排水の窒素およびリンによる汚染―根釧台地における事例研究Ⅰ―,日本土壌肥料学雑誌,65(5),pp.522~529(1994)

7)吉野邦彦・田渕俊雄:衛星画像データによる流域の水質環境解析(Ⅰ),農業土木学会論文集,172,pp.123~129(1994)

8)田渕俊雄・吉野邦彦・志村もと子・黒田清一郎・石川雅也・山路永司:農林地からの流出水の硝酸態窒素濃度と土地利用との関係,農業土木学会論文集,178,pp.129~135(1995)

9)志村もと子・田渕俊雄:養牛地域における畜産と河川水窒素濃度との関係―畜産主体の集水域における窒素流出に関する研究(Ⅳ)―,農業土木学会論文集,189,pp.45~50(1997)

「北海道・淡水魚保護フォーラム No.5
 「川の環境と魚の豊かさ」(2004年7月11日、釧路市) 講演要旨
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