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第4回北海道淡水魚保護フォーラム

河川環境の変化と淡水魚の多様性
全道を対象としたダムによる流域分断の影響評価


福島 路生 (ふくしま みちお)
 国立環境研究所



 生息環境の分断は、多くの野生動物の生存を脅かし、生物多様性の減少を招く自然改変である。これ以上の分断を回避し、また分断された箇所を再度結合していくような自然再生が、これからの生物多様性保全にむけて最も重要な課題となるであろう。そのためには、現在の分断現状をしっかりと把握し、それにより野生生物がどの程度の影響を被ってきたのかを十分に理解することから始める必要がある。再生以前の自然環境や野生生物の生息状況を知らずして、自然再生事業の成果を評価することは不可能であるし、評価のできない再生事業は例え巨額の資金を投じようが生物多様性の保全には何も貢献しない。
 淡水魚類の生息環境は、全国いたるところに建設された河川横断工作物(以後、単にダムと呼ぶ)によって分断され続けてきた。ダムができてアユやマスなどを対象にした漁業が日本各地で大きな打撃を受けてきたことは言うまでもない。しかし生物多様性という観点からすれば、ダムによって減少し生息域を狭めた魚類は、なにも漁業や釣りの対象魚に限らないはずだ。一般の人々にほとんど関心を寄せない小魚たち(例えばメダカ)がいつの間にか川や湖から次々と姿を消しているという話をよく耳にするが、それもはたしてダムの影響なのだろうか。


 ダムによる流域の分断が淡水魚類の多様性に与えてきた影響を、定量的に、しかも広域的に評価した事例研究をここに紹介する。調査対象としたのは北海道全域である。まず着手したことは、北海道で過去にいつどこでどのような魚が採集されたのかという詳細なデータベースを作成することであった。これは1960年ころから現在までに出された報告書や論文など約960編のデータに自分でとったものを加え、全道7,000以上の地点で明らかにされた魚類相を地理情報システム(GIS)によってデジタルな地図上に入力したものである(図1)。つづいて北海道におけるダムの建設状況を、同じくGISによってデータベース化した。道内には1,000基以上の砂防ダムと約160基あまりの貯水ダムが建設されているが、これらについて位置情報や建設年代などの属性を地図上にまとめたものである。これらのデータベースを解析して、ダムによって海と分断された流域がいつから、どこに分布しているのかを特定することと、7,000以上の魚類調査地点のそれぞれが“調査時にすでに海から分断されていたのかどうか”を明らかにすることが次の課題だ。その解析過程を詳細に述べることは紙面の都合上差し控えるが、簡単に言うと次のような工程になる。1)個々のダムからその上流の集水域(降雨がそのダムに到達する流域)を求め、その集水域にダムの建設年代(=分断年)という属性を与える、2)全調査地点について、調査年が分断年より古いものは調査時にその地点が海とつながっていたものであり、また反対に調査年が分断年より新しいものは調査時にすでにダムが下流に建設され海から分断されていた地点であるとする。1)の工程によって得られた北海道の分断流域マップが図2である。北海道のかなりの部分が、現在までに海との交流を断たれていることがわかる。
 全調査地点について、調査時にダムで分断されていたかどうかを2)の工程から明らかにできたところで、地点ごとに採集された淡水魚の種数を“種多様度”と定義し、それがその地点の①標高、②調査年代、③ダムによる分断の有無という3つの要因とともに、どのように変化するかを同時に表したのが図3である。全部で6つのグラフが描かれてあるが、縦軸はすべて地点ごとの種多様度であり、横軸は地点の標高である。また左から右にかけて1970年代以前の調査データ、1980年代のデータ、1990年代以降のデータを示す。そして上段のグラフがダムに分断されていない流域のデータで、下段が分断流域でのデータを示す。さらに観察された種数の変化をこれらの3要因(変数)によってもっともよく説明する統計モデル(回帰モデル)を重ねてある。
 標高の増加とともに魚類の種数が指数関数的に減少する傾向がどのグラフからも共通して認められる。河口付近では多いところで20種ほどの淡水魚が採集されているが、標高が数100メートル以上の山岳地帯では2種または1種と著しく減る。これは標高とともに水温や河川の生産力が低下するために餌資源が限られてくること、また河川の勾配が急になり流速が増すと同時に洪水や渇水などといった環境変動が激しいこと(“生息環境が厳しい”ということ)などで説明がつく。
 2つめの変数、“時代”間で種多様度を比較してみると、少し意外な事実が見えてくる。それは70年代と80年代では、種多様度のパターンにそれほど違いがないのに、90年代になってから同じ標高帯で著しく種数が増加していることである。この理由としては、大きく分けて2つの説明が考えられる。ひとつは、外来魚が道内各地の河川・湖沼で、ここ10年くらいの間に蔓延し、増えつづけていることである。日本在来の魚でも、アユやサクラマスの放流に混ざって他の地域から侵入し定着する魚類もいるはずだ。しかし、より現実的な説明としては、90年代に入って、淡水魚類の調査方法に電気ショッカーが採用されるようになり、それまで調査方法の中心であった投網などの漁網では十分に採集しきれなかった底生魚や小魚、幼魚などが採れるようになったことである。これらの説明のどちらが正しいのか、あるいはより重要なのかを追求することもおもしろいが、ここでの問題はあくまでダムによる分断が及ぼす種多様度への影響であり、そこに話を戻すことにしよう。


 図3の6つのグラフを今度は上下に比べてみると、ダムの影響をみることができる。ダム分断流域での調査地点(下段3つのグラフ)というのは、1基以上のダムの上流に位置する地点のことであり、当然ながら本来魚類相が豊かな下流域にはそもそも該当する地点が多くない。それを考慮しても、これらの地点に種数が10種を越える調査地点が90年代にわずか2地点しかないのは少なすぎる。90年代の2つのグラフを比べてみると、標高ゼロの河口地点で回帰モデルによって推定された種数の期待値は、上のグラフでは5種以上あるのに対し、下のグラフでは4種ほどしかない。なるほど、ダムで魚が減っている訳だ。ところが標高700メートルより高いところに目を移すと、事態が逆転しているように見えなくもない。上のグラフでは1種以下まで減少するが、下では2種や3種の魚がとれている地点が80年代、90年代以降には結構目立つ。推定された回帰モデルだけをグラフに描いて比べてみよう。今度は1990年を境にその前後で2つの時代に分けてある(図4)。すると上で述べた不可解な現象がより鮮明になる。2つの時代とも同じような傾向が見られるが、電気ショッカーを使った、より精度の高い調査が行われた90年代以降のグラフに注目すると、ダムによる分断で淡水魚の種数が減るのは標高が200メートルくらいまでの地点であり、それより標高が高くなると、むしろ分断された地点のほうで1種ほど期待される種数が多くなるのだ。
 ダムと淡水魚の関係は、どうやらそれほど単純ではないようだ。減る魚がいる一方で、わずかではあるが増える魚もいる。この謎を解くためには、地点ごとの淡水魚の種数ではなく、個々の種がその地点で“採れたか(在)、採れなかったか(不在)”ということに着目しなければならない。魚種ごとに在・不在のデータを説明する統計モデルを39種の魚類(スジエビを含む)について当てはめ、それぞれの存在確率に及ぼすダム分断の影響を調べるのである。これらのモデルには、地点ごとの標高、時代、年平均気温、降水量、傾斜角、そしてダム分断の有無(Damと呼ぶ)という変数を含めることにした。そして問題は、これら様々な環境変数によって左右される魚の存在確率が、Damの値(0か1)によって下がるのか、上がるのか、またどれくらいの影響力を持っているのかである。それは先ほどと同じように、回帰モデルの中で、Damに推定される係数の95%信頼区間を示すことで定量化することができる。
 Damの95%信頼区間は魚種ごとに図5にあるようなバラツキを示した。係数がゼロのところで垂直に線が引かれてあるが、この線をまたがないで左側に信頼区間が分布する魚種は、ダムに分断されたことによって減少した、あるいは地域的に絶滅したと95%の確信をもって言うことができる。サクラマス、アメマス、スナヤツメ、ジュズカケハゼ、トミヨ、ウグイ、カワヤツメ、イトヨ、モツゴ、ヌマチチブの10種が該当する。分かりやすく言えば、これらの魚にとっての好適な環境条件が備わっていて、生息していてもおかしくないのに、ダムがあるために生息が確認されない地点が数多くあった、ことを意味する。そして、予想された通り、ダムに分断されて存在確率が増えた魚たちもいるのである。本来適さない環境なのに、ダム上流側の分断された流域で増加した、あるいは突然姿を現した魚はエゾウグイ、フクドジョウ、ワカサギ、スジエビ、カンキョウカジカ、コイ、オショロコマの7種である。因みに2つのグループに挟まれたギンブナからサケまでは、ダムで減ったとも増えたとも確信をもって言うことができない魚たちだ。

 
 ようやく実態が掴めてきた。では、ダムで増える魚について先に考察してみよう。比較的標高の高いところに造られるダム湖にはしばしばコイやワカサギなどが漁協によって放流されることがある。それが解析結果に反映されている可能性が高い。コイ・ワカサギ以外の魚では、ダム湖の生み出す新たな環境が彼らの生息に適しているのかもしれないし、ダムが一種の防護壁となり競争相手や捕食者が下流から侵入してこないために、その上流で繁栄しているものもあるかもしれない。またあくまで憶測に過ぎないが、幼魚期にウグイ(降海する)と見分けがつきにくく、単に“ウグイ属”と記載されることが多いエゾウグイ(降海しない)が、降海できないことが分かっているダム上流側では調査者が自信を持って“エゾウグイ”と記載していれば、当然解析結果にも影響する。ダムで在来の魚が増えることは、あまり期待しない方がよいだろう。
 さて、ダムができて姿を消す魚たちは、おもにサケ科、ヤツメウナギ類、トゲウオ科、ハゼ科などに代表される“通し回遊魚”、海と川を行き来するものである。これまでサケマスやアユなどへの影響ばかりが懸念されてきたけれど、実は中流から下流を日ごろの生息場所とするその他多くの魚にとっても、回遊という、生活史上とらなくてはならない行動を阻害するダムが、彼らの存続を脅かしていることが証明された。残念ながら、ほとんどの魚道は遊泳力の乏しい小魚の遡上を想定しては設計されてないことも事態を悪くしている。北海道のように高緯度に位置する地域では、通し回遊魚の種数の割合は高くなり、ダムの影響は他の地域より深刻である。
 最後に気をつけて欲しいことは、今回のデータ解析があくまでダムによって分断され取り残された“上流側”の地点にだけ注目しており、ダム“下流側”の地点への影響については全く評価していないことである。発電用のダムなどでは、落差を大きくして発電量を増やすためにダムサイト直下に放水せずに、何キロメートルも下流に、時には分水嶺を越えて隣接する別の水系に導水管で水を流して放水することが、ごくあたりまえに行われている。ダムサイト下流にはほとんど水が流れない、川とも言えない川が延々と続くことになる。このような自然改変が淡水魚をはじめ水生生物に影響を及ぼさないはずはない。ダム下流域での自然環境への影響評価もまた緊急の課題である。


 本研究を遂行するにあたって多くの方にお世話になった。特に金子正美氏(酪農学園大学)、亀山哲氏(国立環境研究所)、北川理恵氏(エンビジョン)、高田雅之氏(北海道環境科学研究センター)、中尾勝哉氏(北海道栽培漁業振興公社)にはデータベースの作成や地理情報システムによる解析の面で多大な協力をいただいた。ここに記して謝意を表したい。


「北海道・淡水魚保護フォーラム No.4
 「川の環境と魚の豊かさ」(2003年7月13日、旭川市大雪クリスタルホール) 講演要旨
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