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第1回北海道淡水魚保護フォーラム



平田 剛士
 (フリーランス記者)  



 津軽海峡の向こうから、激しい言い争いの声が聞こえてくる。
 「大口《オオクチ》はよいが、小口《コクチ》は認められない」「いや小口も増やせるならそうすべきだ」「とんでもない、大口も小口も速やかに完全排除しなければ」――。いわゆる「ブラックバス論争」である。
 マスメディアの描く構図はきわめて単純だ。「バッサー」VS「環境保護派」。間に立つ役所(水産庁)は優柔不断に決断を先延ばしにするばかり、というマンガである。

 とはいえ、私たち在北海道の釣り好きも、対岸の火事と笑ってばかりはいられない。警戒の意味を込めて「エイリアン」と呼ばれ始めた外来魚の問題は近年、わが北海道の各地のフィールドでも顕在化している。本州以南でこじれにこじれているブラックバス問題を反面教師に、スマートで冷静な解決策を今から探っておくことは、決して無駄ではないはずだ。



■外来魚はどんな「悪さ」をする?

 さる1月20日、千歳市でユニークな公開討論会が開かれた。北海道東海大学環境研究所(札幌)と「千歳サケのふるさと館」(千歳)が共催した「北海道の淡水魚を守る/外来種が在来種および自然生態系に及ぼす影響」である。

 少々堅苦しいタイトルだが、ようは道内に分布する人気の外来魚――主にニジマス(北米西海岸地方原産)とブラウントラウト(西アジア原産)――について、魚類研究者たちがフィールドで調べ上げたデータを持ち寄り、現状を見つめながら今後どうすべきかを論じ合う、というもの。会場には釣り人たちを中心に約250人が詰めかけ、この問題に寄せる人びとの関心の高さを感じさせた。じつは筆者もパネリスト席に座ったのだが、まずは専門家たちが報告した北海道における「エイリアン」たちの実態をご紹介しよう。

 札幌近郊の渓流に侵入したブラウントラウトの生活ぶりを鮮やかに解明してみせたのは、北海道立水産孵化場増毛支場の鷹見達也研究員だ。
 鷹見さんが選んだ研究フィールドは、本流から枝分かれした小規模な渓流である。ブラウントラウトは15年ほど前に移入されたという。
 水中に通電して近くの魚を気絶させる「エレクトロ・フィッシャー」という漁具を使うと、そこにいる魚の4~8割をいっぺんに捕まえることができる。30分ほど後、同じ場所で再度“エレクトロ”をかければ、残った魚のまた4~8割がとれる。1回目と2回目で捕獲率が一定だとすると、各回の捕獲数の差から捕獲率を計算できる。そうして求めた捕獲率で、1回目の捕獲数を除せば、初めそこにいた全部の魚の数も分かる。「除去法」と呼ばれる個体数調査の手順だ。
 鷹見さんは約17キロのこの川で、1キロごとに16箇所のポイント(各100メートル)を設定してこの調査を行い、流域にすんでいる魚の数を推定した。
 結果は驚くべきものだった。この渓流はもともとアメマス(在来種)の生息地だったが、今やブラウントラウトの数がアメマスのそれを大きく上回っていた。またサンプルの胃内容物――魚の食べたエサ――をチェックしてみると、たとえ体のサイズが同じくらいでも、アメマスに比べてブラウンのほうが大きなエサをより多く捕食していた(グラフ)。

 「アメマスのすむ川にブラウントラウトを移殖すると、両者が競合してしまうことがくっきり示されたと思います。エサを巡る勝負に勝つのはブラウンのほうで、わずか15年で数が逆転してしまった」と、鷹見さん。「去年(2000年)9月、保護水面の厚田川でブラウントラウトが採捕されました。釣り禁止の川だから、だれかが放流したとは思えない。ブラウンは降海性を持つ。厚田川のブラウンは外見的にも降海タイプのものでした。ブラウンという魚はたとえ人が放流しなくても、自力で各地の河川に分布を広げて、その先々でアメマスを圧迫する可能性がある、ということです」とも警告した。
 「千歳サケのふるさと館」の菊池基弘学芸員の研究対象は支笏湖の魚たちだ。98年秋からほぼ毎月1回ずつ、湖や、湖への流入河川で魚を捕獲し、種類・数・体サイズ、それに胃内容物が季節によってどう変わるかを追いかけてきた。その結果報告は、これまた聴衆の耳目を集める内容だった。いくつかのインレットは、すでに外来種たちにほぼ完全に“制圧”されてしまっていることが分かったのだ。

 たとえば美笛川では、上流部はブラウントラウト、中・下流部はニジマスとブラウン、というふうに、全域が外来魚たちにほぼ独占された状態だった。在来のアメマスはといえば、1年のほんの一時期、わずかな数が湖から川に入り込んでくるのが観察されただけだった。

 いっぽう支笏湖内での調査では、ブラウントラウトの極端な「魚食性」が改めて証明された。刺し網で捕獲されるブラウンの平均体長は約40センチ。同じ湖内のニジマスが季節ごとに落下昆虫・底生生物・遊泳生物などと嗜好を変化させていたのに対し、ブラウンの胃袋からは、落下昆虫の特に豊富な夏の1時期を除いて、魚類が頻出した。その主な餌食はイトヨ国内移入種・コラム参照)とアメマスである。「支笏湖産のアメマスは、ほかの水系はもちろん、流出する千歳川の個体群と比べてさえ固有性が高く、貴重な存在といえるのですが、その保護を考えるとき、ブラウントラウトは大
きな脅威だと思う」と、菊池さんは話した。



■主役は在来魚

 1970年代から1980年代にかけて、琵琶湖(滋賀県)などでブラックバスの「食害」が問題視され始めたころ、バス擁護派は口を尖らせてこう主張した。
 「バスが食い荒らしたせいで在来種が激減したというが、それを証明する科学的なデータはどこにもないじゃないか」司法でいう「推定無罪(有罪が裁判で確定するまでは無罪とみなすこと)の原則」というわけだが、このケースに限っては、おかげで対策が遅れた。バスはその後も各地に野放図に移入され続け、今日の状況を生んでしまった。

 それに比べれば、北海道の私たちはずいぶんラッキーといえる。鷹見さんや菊池さんが報告したように、外来魚が在来魚に与えている影響は決して見過ごしにできないという「科学的なデータ」が、ちゃんと目の前に積み上げられているからだ。中でも強いプレッシャーにさらされているのが、多くの釣り人が愛してやまないアメマスであることも分かってきた。
 もっとも北海道には、「アメマスと同じくらいニジマスやブラウンも愛している」という釣り人も多い。同じ北海道の自然の中で育まれている3種のうち、在来魚だから、というだけで、本当にアメマスだけを「ひいき」する理由になるのか? そんな疑問もあるだろう。

 このことを考えるとき?進化学」の知見が大きなヒントを与えてくれる。北海道在来の彼らが、いかにこの大島の風土に自身をマッチングさせながら暮らすようになったのか、その歴史のかけがえのなさを力説したのは、北海道大学大学院水産科学研究科の後藤晃助教授である。

 後藤さんによれば、北海道の淡水魚(注)は、絶滅したチョウザメを除いて59種に上るが、そのうち7割強を占めるのが、海と川を行き来する「通し回遊魚」とその陸封タイプの魚(たとえばオショロコマ)だ。本州などと比べてずば抜けて高い割合だという。
 「北緯45度前後に位置する北海道では、魚たちは川で一生を過ごすより、海に降りた方が栄養豊富で、結果としてより多く自分の子孫を残すことができるからです」と、後藤さんは解説する。「北海道のこうした風土に合わせ、在来魚たちは長年かけて独自に生活史を進化させてきました」。
 だが、この唯一無二の「進化の歴史」に棹(さお)さす要因のひとつが、人間が気ままに移殖・放流する外来魚だという。

 「北海道の主役はあくまで在来魚だと思うのです。在来魚のうち、いまイトウなど8種が絶滅の危機にさらされている。開発による生息地の破壊や乱獲などと並んで、外来魚が大きな脅威になっていることを認識してほしい」と後藤さんは語った。



■釣り人はどうふるまうべきか

 これまで、水産行政をふくめ多くの組織や個人が道内各地の川や湖にニジマスを放流してきた。ブラウントラウトの放流は主に釣り人によると考えられるけれど、放流者に在来魚をイジめようなどという意図はなく、むしろ善意による行為だったに違いない。だがいま、科学的に集められた証拠の数々を前に、私たちは価値観の転換を迫られている。

 とはいえ、じゃあ一体、私たちはこれからどう振る舞うべきなのか。
 北海道の自然河川に最も大量にサケ科魚類を放流してきた公的機関といえば、水産庁北海道さけ・ますふ化場(現・水産庁さけ・ます資源管理センター)だろう。毎春のサケ稚魚放流数は約20億。成魚の来遊数を増やすため、かつては遠く離れた川のサケの種苗をやみくもに各地にばらまきもした。

 が、「外来種の影響と同様、かえって地域集団から遺伝的な多様性を奪い去って、サケたちの生きる力を奪ってしまっていることが分かってきた。10年ほど前からは逆に、各河川ごとの系統群を保護する方向に転換しています」(同センターの浦和茂彦・遺伝資源研究室長)。
 政府系の巨大組織ですら、こうして自分の非を認め、魚たちのために舵を切ったのだ。今度は私たち、釣り人の番である。

 具体的なアクションを考えるとき、一足先に「サケ科の外来魚対策」に乗り出している米国のケースは大いに参考になるだろう。山口県立大学生活環境学科の谷口義則講師が引き合いに出すのは、コロラド川の支流、グリーンリバーのさらに上流部のある枝川(ワイオミング州)での取り組みだ。
 そこでは、この地域にしか分布しないカットスロートトラウトの固有亜種を外来魚(米大陸西海岸地方産のニジマスや米大陸東部地方産のカワマスなど)の脅威から守るため、人びとが大がかりな外来魚駆除作戦を行い、生息地の下流部に外来魚侵入防止用のダムまで建設しているという。

 むろん、ここまで徹底的な対策をとっている地方は米国でもまだわずかだ。しかし「かつてスポーツフィッシングのために移入が繰り返されたニジマスやカワマスですが、現在の米国社会には、在来種をきちんと後世に残さなければというコンセンサスができつつある」と、谷口さんはいう。「それは情報公開と啓蒙活動のたまものです。さらに、関心ある人がだれでも意見を交わせる公聴会など、議論を重ねてベストな選択ができる行政システムの存在も大きい」

 まず先進国から学ぶべきは、駆除とか、侵入防止のダム建設とかいった対策事業そのものではない。なぜそれを行わなければならないのか、科学データをみんなで共有したうえで納得いくまで徹底的に話し合う、というワイオミングの人びとの姿勢をこそ、私たちはよーく頭に刻み込んでおく必要がある。
 この目線で、みたび内地の「ブラックバス論争」を眺めてみよう。水産庁はこのほど、対立する両者の間を取り持とうと「ゾーニング案」を出してきた。バス放流を認める場所と禁止する場所を役所が線引きする、というものだ。だが、いったいどんな根拠で外来魚放流の可否を決め、どんなゾーニングを行おうとしているのか、基本的な情報は何も明かしていない。コロラド川でのやり方と比べると、まるでアベコベだと分かるだろう。案の定、水産庁案に対しては、日本魚類学会や環境保護団体などから異論が噴き出した。バス論争はかえって混迷を深めている。

 公開討論会の終盤、フロアから「僕たち北海道の釣り人はこれから、どういう川のかたちを理想とすべきなのか。外来種は全部殺すべきなのだろうか」と質問が出た。
 谷口さんは「僕も悩んでいます」と答えた。後藤さんは「外来魚が、本来いるべきでない魚であるとしても、今すぐ排除すべきだ、とは私にも言えません」と述べた。
 まさにこれから北海道の各地でめいめい煮詰めていくべき問題、というわけだ。
 討論会をコーディネイトした帰山雅秀・北海道東海大学工学部教授はこう締めくくった。「北海道の川や魚たちは、研究者や釣り人をはじめ、魚や川を愛する私たちが率先して守っていかなければならない。どのように守っていくのか、それはこれからの大きなテーマです」



 パネリストたちはさっそく「北海道の淡水魚を守る淡水魚ネット」という新しいグループを結成した。インターネットを駆使して情報交換・情報公開を推進し、道民を巻き込んだ熱い議論をリードしていこうと意気盛んだ。
 全国に先駆けて、釣り人たちと環境保護派がともにつくりあげる「北海道の淡水魚を守る新しいスポーツフィッシング」は、案外すぐ手の届くところにあるのかもしれない。


【注】学術的な定義は「生活環の全部または一部を淡水域で経過する魚類」。
したがって、海と川を行き来するサケやシシャモ、汽水域に来遊してくるニシン、コマイなども「淡水魚」となる。(戻る)


【コラム】 ■外来魚とは?
 字づらからは「外国から来た魚」という印象を受けるけれど、とりわけ水系ごとに生活史(繁殖時期や食性など)の異なる淡水魚の場合、同じ国内産の同じ種でも他水系から移し入れれば、やっぱり在来種を脅かすという。そこで最近は「外来」をやめて「移入」という用語を使う研究者が多い。これなら、外国産は「国外移入種」、国内産は「国内移入種」と呼び分けることができる。たとえば、支笏湖の在来種はアメマスとハナカジカの2種だけ。ブラウントラウトやニジマスは国外移入種、イトヨやコイ、ヒメマスなどは国内移入種というわけだ。(戻る)