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第1回北海道淡水魚保護フォーラム


後藤 晃


後藤 晃
 (ごとう あきら)
 北海道大学大学院水産科学研究科助教授、函館市在住

[主な著書]
 ■『川の魚たちの歴史』 中公新書(共著) (1982)
 ■『北海道-自然のなりたち』 北大図書刊行会(共著) (1994)
 ■『川と海を回遊する淡水魚』 東海大学出版会(共編著) (1994)


 近年における人間活動の急激な展開に伴って、地球規模での環境変化や各地域における動植物の生息場の縮小および生息環境の劣悪化が急速に進行していると言えます。こうした人為的な環境変化は、人間を含む生物にとってかつて経験したことのない急激でグローバルな空間規模であったがゆえに、年間1万種とも2万種とも見積もられるレベルでの野生生物種の絶滅を招いています。こうした現状から、地球環境の保全と生物多様性の維持・復元への取り組みは、いまや全人類的な緊急課題であると位置づけられます。

 ここでは、上に記したことを頭に入れつつ、1) 私たちの身近な生活の場ー北海道における川・湖沼の近年における環境変化のありさま、およびそこにどのような在来魚と外来魚たちが棲(す)んでいるのかを見ることにしましょう。次に、2) 北海道にもともとすんでいる自然分布種がどのような生活史サイクルを持っているのか、またどんな繁殖の仕方をして再生産しているのかという、かれらの生態的多様性を見ることにします。さらに、3) これらの在来種がいつの時代にどの場所で形成され、どのようなルートで北海道にやって来て定住したのかという、淡水魚の起源と分散経路について考えます。

 そして、このような北海道の淡水魚が持っている特徴とかれらが経てきた長い歴史を理解したうえで、4) 1970年代以降における各種の河川開発工事や宅地・牧農地造成などによって、淡水魚の生息場が著しく縮小し、またその生息環境が悪化した影響を受けて、全魚種の40 %を超える魚たちに絶滅の恐れが生じていることを見ることにします。次に、5) このような多くの在来の淡水魚類に絶滅の危機をもたらした物理的・生物的要因が何であるのかを推定するとともに、淡水魚類群集を重要な構成要素とする陸水生態系全体が本来の構造を失い、うまく機能できないという危機的状態に陥っていることを指摘します。そして最後に、6) 淡水魚の保護と言う場合、なにをどのように守るべきであるのかという視点を忘れてはならないこと、およびその多様性の維持・復元が私たちにとってなぜ大切なのかを生物多様性保全の意義に基づいて述べることにします。

1) 地球規模での温暖化や森林伐採などの環境変化とともに、北海道の河川・湖沼でも、1970年代以降、河川水路や池沼の埋め立て、ダム・堰堤(えんてい)の建設、護岸ブロック化、河畔林の伐採、外来魚の移植放流などの人為的行為によって、魚たちの生息場が消失したり、生息環境が悪化しています。こうした人為的環境変化に伴って、後述するように少なくない淡水魚が絶滅の危機にさらされていますが、元来、北海道の河川・湖沼にはおよそ60種の淡水魚が自然分布していたのです。この中には、日本固有種で北海道にのみ分布するシシャモ、日本固有種で北海道・東北地方にのみ分布するハナカジカ、および日本では北海道にのみ自然分布するフクドジョウ、ヤチウグイ、エゾホトケドジョウ、エゾトミヨ、エゾハナカジカなど、生物地理学的に貴重な魚種が含まれています。

 一方、近年における食糧生産用と釣魚用としての移植放流や、その際に起こった迷入によって、系統や自然生息地をそれぞれ異にする外来魚が自然繁殖・定着しており、その種数は13種に達しています。


2) 淡水魚の生活史サイクルは一般に、川と海を定期的に往復する通し回遊魚と、どちらか一方の水域にのみ生息する非通し回遊魚に類別されます。そして前者は、大きく遡河回遊魚、降河回遊魚および両側回遊魚の3つの回遊型に分けられます。一方、後者は河川魚、河川・湖沼魚、湖沼魚、汽水魚、周縁性魚に分けることができます。

 北海道に生息する在来の淡水魚を生活史サイクルによって区分すると、通し回遊魚とその陸封魚は71 %となり、非通し回遊魚(29 %)より高い種数割合を占めることが分かります。そして、通し回遊魚の中では、遡河回遊魚とその陸封魚が最も高い比率(64 %)を占めるのは、北緯41-46度に位置する北海道では、一生を淡水中で送るよりも、幼期に降海して、淡水域より高い一次生産量をつくり出す海洋で成長期を送るほうが個体の適応度を高めることができるからであると考えられます。

 このように多様な生活史サイクルを持つ北海道の淡水魚は、個体群の再生産においても多様な仕方を持っています。かれらの繁殖の仕方は、親が子の保護をしないまき散らし産卵グループとしての浮遊幼生型・礫底産卵魚(ワカサギ、シシャモなど)から、親による子の保護がある巣産卵グループとしての巣穴産卵魚(マハゼ、ビリンゴなど)まで、7タイプの繁殖スタイルで構成されています。


3) 北海道の淡水魚がいつ、どこからやってきたのでしょうか?現在まで、そのルーツについては、必ずしも十分に解明されているとは言えません。しかし、最近の分子系統研究によると、かれらは画一的な時代や場所に起源したのではなく、その分類群によって異なる由来を持つことが分かってきています。これまでの研究によると、北海道の淡水魚は、その分散ルートから大別すると、シベリア由来群、北太平洋由来群、日本列島本州由来群、および北海道・サハリン起源群から構成されていると言えます。例えば、北海道の淡水魚類の標徴種とされるフクドジョウ、ヤチウグイ、エゾホトケドジョウはシベリア由来群に属し、更新世末期にアムール河からサハリンを経由して北海道に分散・移住したと考えられます。

 北海道の淡水魚の中で最も古い時代に、また現在の分布域に近い場所で起源したと推定されるものは、コイ科魚類の中で唯一(ゆいいつ)降海性を進化させたウグイの仲間です。降海性の生活史を持つウグイとマルタウグイ、淡水性の生活史を持つエゾウグイとウケクチウグイからなるウグイ属魚類は、およそ1千万年以上前の第三紀鮮新世に、北海道・サハリン周辺で起源したと考えられるのです。一方、比較的新しい時代に北海道にやってきたと推定されるグループもいます。それらには、更新世末期かそれ以降にサハリンを経由して北海道に分散・移住したシベリアヤツメ、エゾハナカジカなど、および本州の日本海側に沿って北上し定着に成功したアユ、ルリヨシノボリ、カンキョウカジカなどを挙げることができます。


4) 環境庁による「日本の絶滅のおそれのある野生生物-レッドデータブック(1991)が刊行されて以降、北海道では遅まきながら1994年から「北海道レッドデータブック」作成のための検討を進めてきました。そして、2000年に公表された淡水魚・汽水魚レッドデータリストによると、北海道の在来種59種1亜種(現在の生息種数は71種1亜種)のうち、絶滅の恐れのある魚種は22種、8地域個体群、その他に北海道には比較的多く分布するが世界的に見れば希少な魚種と判定される留意種が7種と、半数に近い魚種に及んでいることが示されています(北海道環境生活部)。

 このような在来種に占める絶滅危惧(きぐ)にあたる種の高い割合(約4割)から、北海道の淡水魚の種多様性維持に関する現状は、世界の陸水系における淡水魚の場合と比較しても、最悪状態にあるヨーロッパに匹敵するほど深刻な事態に至っていると言えます。



5)
上に記した北海道における淡水魚の種多様性喪失の急激な進行は、先に紹介したように近年急激に進行した河川・湖沼水系での生息場の縮小や生息環境の悪化に主要な原因があると考えられます。

 例えば、絶滅危惧種のエゾホトケドジョウや希少種のエゾトミヨなどの平地性淡水魚では、牧農地や宅地の造成による埋め立てによって、その生息場が消失したり減少したことが主な原因となって、生息個体群と生息個体数の減少をもたらしたと推測されます。また、絶滅危惧種のスミウキゴリ、シロウオ、カジカ中卵型、および希少種のシベリアヤツメ、シラウオ、マハゼ、ミミズハゼなどは、河口域や河川下流域における護岸ブロック化に伴う河川流路の直線化によって、主に産卵場や仔稚魚の成育場の環境が悪化し、その生息個体数を減少させたと考えられます。

 一方、このような生息環境の人為的悪化とは別に、外来魚の移植放流も在来淡水魚の種多様性や遺伝的多様性にマイナス影響を与えていると懸念されます。特に、魚食性外来魚のブラウントラウトやオオクチバスの近年における移植放流は、上に記した主要な要因によって個体群サイズが減少している希少な在来淡水魚に強い捕食圧がかかることによって、かれらの絶滅にトドメを刺す役割を果たすと危惧されます。


6) それでは、北海道の淡水魚の種多様性や遺伝的多様性を維持・保全するには、なにをどのように守れば良いのでしょうか?

 まず、守るべき対象は、その地域にもともと(自然に)分布し、そこの河川・湖沼生態系の構成要素としての構造と機能を持つ在来の淡水魚となります。北海道について言えば、この島の地史的変遷を通して形成された陸水系に適応・定住し、独自の種間・種内における生物間相互作用のメカニズムを形づくってきた自然分布種の約60種の淡水魚となります。ブラウントラウト、オオクチバス、ニジマスなど、人為的移入によって現在は北海道に定着している淡水魚は、それぞれの自然分布域では守られるべきですが、北海道においては在来淡水魚の生存や多様性に負の影響を与えるエイリアンなのです。

 次に、北海道に在来の淡水魚を守るためには、以下のような生物多様性保全に関する基本的な考えと施策が大切であると言えます。① 河川・湖沼生態系スケールとして、水系の物理的・生物的環境を好適に維持することによって、そこをハビタットとして利用する個々の淡水魚種とそれらから成る魚類群集を健全に保全することです。この中には、各種や群集を脆弱(きじゃく)・破壊する外来魚の移植放流を規制・禁止することも含まれます。次に、② 地域生態系スケールとして、森林-河川、および河川-沿岸海洋といった陸水生態系に隣接する森林生態系や沿岸海洋生態系などとの連鎖を保全することです。そして最後に、③ 地球生態系スケールとして、地球の環境とあらゆる生態系を保全することが重要であると言えます。

「北海道の淡水魚を守る 外来種が在来種および自然生態系に及ぼす影響」
(2001年1月20日、千歳市民文化センター)講演要旨
 (C)2001 Akira Gotoh, All rights reserved.